文政一一年一一月一二日朝五つ時直下型の地震が三条町を中心とする一帯を襲った。倒壊家屋は一万四〇〇〇戸、死者は一九〇〇人を数えた。このような天変を人々は飢饉への前ぶれと感じた。天保元年は春から天候不順であった。七月、多くの村々では五月の雨つ続きで耕地が堪水し、水稲が根ぐされをおこした。そのため、作づけをしなおすための種揉み代を藩から借りた。盆後には田畑に虫が付、新発田領蒲原郡で二万三七三〇石余の損害をこうむった。八月頃から米価が徐々に値上がりした。合子ケ作村では九月、検見の結果無収穫となった六町歩分の種籾、および食糧米一二石を新発田藩から借りた。他の地域の村々でも同様に不作であった。米価はますます値上がりし、一〇月には沼垂町の困窮者らが、新発田藩へ安値米の払い下げを願い出た。ところが藩の沼垂米蔵にも蓄えがなく、年貢米が納入されしだい、そのうち三〇〇俵を市価の二割安で売り出す事とした。藩だけでは困窮者の救済がゆきとどかないため、安値米をうりだすよう富裕の者たちへ命じた。またこの頃、新発田町周辺の村に強盗が出没するため、藩士六名を巡回させた。さらに、飯米以外の米穀は領内にかぎり販売を許可し、もし他領へ出荷しようとする者がいたら、藩へ通報することとした。また入作人などが収穫した米は、その村で買い受けるよう指示した。
田舎暮らしに代表される北の北海道と南の沖縄へ移住がブームになっています。スローライフな田舎暮らしに憧れて移住したはいいが、2、3年で田舎暮らしを諦める方も少なくない様です。スローライフな田舎暮らしするにも準備と心構えが必要です。そんな方には田舎暮らし
相次ぐ物価の上昇などによる支出や収入の減少により家計の苦しい家庭が増加しているようです。家計の支出を最小限に抑えるため、家計簿をつける家庭が増加しているようです。家計は支出の管理が最も重要といえます。しかし、三日坊主では何もなりませんから少しずつでも目標をたてて家計簿をつけましょう。
幸福の条件はなにかという調査によると、経済的な安定よりも家族とのつながりが上位にくるようです。人間関係の重視という考え方は年齢ともに上がって行くようです。住まいについての考え方も、家族とのだんらんがより上位のようです。住まいにやすらぎを求める傾向は今後も上がって行くと思われます。
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