悪疫の流行も、人心を脅かした。安政三年、各地で疫病が流行し、疫病祭が行われた所もあった。安政四年には、二月上旬から四月にかけて、風邪が流行した。全国的な流行であった。回復までかるくて一〇日くらいであったが、おもいと回復まで四〇日から五〇日もかかった。安政五年、暴瀉病が流行し人が多く死亡した。江戸はもっとはなはだしく、コロリとよばれた。コレラの大流行である。疫神除の祈祷を行うところがあった。早い時は六時間、長くても三日ばかりでみな死亡した。江戸では数十万人の死者が出た。新潟でも一日に三〇人ちかくの死者が出た。安政六年七月から八月にかけ、新潟で今度はバッタリという病気が流行して、死者が多数でた。加茂町でも大流行した。はなはだ急症で、六時間の間に死亡するという。前年のコロリににた病気で、毎年四〇人ばかりも死者がでたという。