災害は水害や旱害だけに限らず、地震や台風の災害があり、流行病の脅威があった。また、天災や自然の異変もあった。直接に被災したり見開きしたりしたものではなく、伝開したものもひろく関心の対象となっていた。しかも、それらが政治や社会の変化と、密接に関わるものとして、とらえられていた点が、この時期の特徴である。弘化四年、蒲原郡各地で強い地震があり、蒲原一帯に大損害を与えた。文政一一年の大地震を想起させるものであった。数日の間余震が続き、この地震は善光寺地震と呼ばれるもので、信濃北部や越後頸城地方に大きな損害をあたえた。ついで、安政二年、越後地方は、弘化の地震の時と同じくらい揺れた。これは江戸を襲った大地震である。諸藩の江戸屋敷も被害にあったものが多かった。村上藩の上屋敷も倒壊、類焼した。翌年その復旧の費用として、領内に分限と高掛御用金が命じられた。